1) 腰痛、頸肩腕障害介護施設、看護労働、宅配作業
 
   私たち広島労働安全衛生センターは、腰痛、頚肩腕障害のここ数年の取り組みについて
報告します。腰痛問題でいえば、介護施設での女性労働者3名が友和クリニックに治療に来られました。これを契機に労災申請の取り組みを開始しました。彼女たちの介護施設での労働環境は、収益を上げる目的から保険の適用点数が高い[要介護者」を中心に介護サービス」を行い、「コール対応」についてあまり重視されていませんでした。
その証拠として「コール対応」を行った場合、「生活状況記録票」に記入するようにはなっていますが、この「生活状況記録票」用紙には「お世話をした人」の職員名のサインをする記入欄がありません。したがって職員の勤務時間管理の把握ができない実態にありました。

 「コール対応」とは通常の「介護サービス」とは別に、「要介護者」からの呼び出し
が掛かれば、そのお世話をすることをいいます。例えば、「要介護者」が寝室で排泄を漏らした場合、「掃除、着替え、シーツの取り換え」などの業務内容をさします。こうした作業が5分や10分で終了できないことは、容易に理解できます。
監督署はこうしたことが全く理解されず、「サービス介護」と「コール対応」を混同し、別々の仕事であることを理解されていませんでした。しかも「コール対応」が「生活状況記録票」に記載されていることも知りませんでした。

  特に、夜勤帯では2名が配置されたなかで、「要介護者」30数名のお世話をする事
となっており、正確な労働時間と腰への負担の調査を行うには、1日30人数名分の介 護サービス」と「コール対応」に要した「生活状況記録票」をチェックしなければなり ません。彼女たちからの聞き取りと、私たちが事前の調査を行ったところ、食事もまともに取ないほどの過密な労働でした。労災申請にあたっての病名は「非災害性腰痛」
「慢
性腰痛」として申請しました。しかし、結果は3名とも「不支給決定」処分が下されました。ちなみに「災害性腰痛」=「ぎっくり腰」といいます。

  この「不支給決定」対して「不服審査請求」「再不服審査請求」と争いましたが共に棄却決定に残念な結果となりました。その後、ある学会のシンポジュームの場で、腰痛における「非災害性腰痛」の認定件 数は、全国比で申請件数の2%の割合でしかない
ことが判明しました。
ある医師が腰痛認定基準についてこう述べています。
「認定基準を満たす被災者は身
体がぼろぼろにならないと認定は無理でしょう」と嘆いています。しかも認定基準は男女の体力差を全く考慮されていません。これで公平な認定基準とはいえません。
 

2)軽度外傷性脳損傷

   2004年頃から、交通事故による軽度外傷性脳損傷等を発症した重症の患者さんが新 経絡治療を求めて受診されるようになり、その数が2010年頃から急激に増加するよう になった。
今回は、この軽度外傷性脳損傷について紹介し、今後の広島労働安全衛生セン ターの取り組
みについても提案をしたい。
 具体的には、激しい頭痛やめまい不眠症状、手足の麻痺、共同
運動の障害(小脳障害)、
ふらつき、失禁、耳鳴り、視力低下、思考能力の低下など多くの中枢神経の障害を併発さ れ、仕事を失い、日常生活も障害され苦しんでいる。 それに加えて、保険会社によるこのような中枢神経の症状の無視、治療費の打ち切り、 後遺症の否認などが加わり、大変な苦境に立たされている。従来は、交通事故による鞭打 ちは、その症状が頸部に限局されるもとされてきていましたが、実際には上記のように中 枢神経の障害も合併してきてい。

  とくに、労災事故や交通事故によって外傷性脳損傷(軽度 Traumatic Brain Injury、以 TBI という)という中枢性の器質的障害が起きる。しかし、多くは「鞭打ち」や「頸部 のねんざ」と誤診されて長年苦しんでいる方が多くいる。 世界保健機構(WHO)は、2004年に軽度 TBI(以下、
MTBI という)の定義を策定 しており受傷後の意識喪失(3 分以内)・記憶喪失(24 時間未満)意識の変容(混迷、錯 乱)神経学的異常などが一つ以上あれば MTBI と定義されている。
市民生活では、交通事故に止まらず、労災事故(転落、転倒、頭部挫傷)、スポーツ外傷、 暴行、転倒、転落事故、家庭内暴力、乳児ゆさぶり症候群で MTBI が多発している。

 また、
幼児期に頭部の強い衝撃が加わった事例
@  階段からの転落、
A  自転車からの転落、
B  プ
ランコからの転落、
C  鉄棒からの転落、
滑り台からの転落等)で、将来、発達障害を来す可能性があるため、適切な二次予防対策を講じる必要がある。


  通常「鞭打ち損傷」は、駐・停車している時や稀に走行中に、不意に自車の後方から追 突された時に発生する頸部の痛みと運動制限を主症状とする外傷疾患を指している。従来 では、頸椎捻挫、頸椎性神経根症、バレーリュー症候群(頸部の損傷による交感神経の刺 激症状で起こるめまい。 耳鳴り、眼精疲労、脈の乱れ、かすれ声、頭痛、注意力散漫など)頸髄損傷が含まれるが、これに加えて、鞭打ちでは頭部が前後左右に揺り動かされた際に、頭部に対して頸部
回転軸を置く回転性の加速・減速のエネルギー負荷が脳に作用することにより「脳の損 傷」が起こり、脳症状を発症することが注目されている。症状としては、記憶機能低下、 理解機能低下、注意・集中力低下、遂行能力の低下、性格の変化などを伴う。


MTBI は、発生頻度が高い疾患であり、国によっては人口 10 万人当たり、100 人から 550 人のMTBIが発生しており、この頻度は、最もありふれた疾患の片頭痛、帯状疱疹に次ぐ 高い頻度の疾患である。続いて、実際の症例とともに新経絡治療が遷延する症状の改善に有効と考えられるとの 報告があった。 併せて、交通事故や労災事故に伴う軽度外傷性脳損傷が、多くの
被災者を 長期間、休業状態に陥れ、治療費も半年くらいで打ち切られ、深刻な状況に置かれている 実態も紹介された。
最後にこうした実態をふまえ、今後「軽度外傷性脳損傷の被害者の会」などを結成して、 弁護士等とも組織的に連携した取り組みが必要であるとこと。そして、国、保険会社に交 通事故、労災事故による脳障害を認定させる取り組みの必要性が強調された。

3)アスベスト障害
アスベスト禍
 アスベスト(石綿)被害への取り組みは、私たちが安全センターを結成(1990年) 以降、徐々に相談件数がよせられてきました。 今日までセンターに来所された被災労働者は、IHI、マツダ、三菱重工、旧興亜石油等の大手企業をはじめ、中小企業では鋳造、電気配線工事士、自動車整備工、建築関係におけ る監督者、大工、左官工といった幅広い職場からの相談が寄せられ、最近では元呉海上自衛隊員の機関士が公務災害として認定されました。まさに、石綿が社会の隅々に利用されていたことが認識できます。この石綿被害は、直接石綿を扱っていた労働者だけでなく、工場の周辺に住んでいた住民にも被害を及ぼしていたことです。それが兵庫県尼崎市における機械メーカーのクボタが公にしてから10年がたちました。

  当時はクボタショックとして石綿による被害が社会問題となりました。 また、大阪の泉南地域にあった石綿加工工場の元労働者や遺族が、国に損賠を求めた訟訴は、昨年10月、国の責任を認める最高裁判決がありました。判決では、国が石綿被害を知りながら19年まで十分な対策を取らなかったと認定したことです。これに加えて、石綿疾病による肺がんを労災申請した際に、認定の障壁として問題になっている「従事歴10年」と同時に「肺に石綿繊維10万本、石綿小体5千本」が認定の 基準になっていることです。これらの基準は、何ら医学的根拠はなく各地の裁判でことご とく国側が敗訴しています。 にもかかわらず、厚労省は今日も基準を改める姿勢は見られ ません。 全国センターをはじめとした各地のセンターの奮闘によって、2006年にアスベスト 含有率が 0.1%を超える製品の製造、輸入、使用などを禁止にこぎつけることができました。 しかし、これでアスベスト禍が全面的に解決したわけではありません。

 石綿は、70代〜90年代に大量に輸入され使用されたことから、被害のピークは20 30年頃といわれています。加えて、建築関連でビルの老朽化による耐久時期がピークを むかえることです。国の推計では、石綿が使われた可能性のある民間建物は280万棟と いわれています。
その際に建物の解体に伴う飛散が大きな問題となります。
 私たちは、これまでの運動による成果を活かし、労災認定の基準の緩和と、これ以上の 被害者を出さないためにも、建物解体時の
規制強化を地方自治体に求めていかなければな りません。


4)メンタルストレス
  政府は、今年 7 月24日の閣議で、過労死等防止法に基づく対策大綱を決定しました。その中身といえば、労働時間の削減や休暇取得率の数値目標を定めたほか、過労死の原因を探るため労働者を長期的に追跡調査することなどが柱。閣議後の記者会見で塩崎恭久厚生労働相は、「今回の大綱は第一歩。過労死ゼロを目指す」と述べている。大綱について2020年までの数値目標として、週60時間以上働く労働者の割合を 5%以下、有給休暇取得の取得率を70%以上にするとした。また、労働者のメンタルヘルス対策に取り組む事業者の割合を17年までに80%以上にすると明記した。 大綱は今後3年をめどに見直すとされている。しかし、その一方で過労死遺族らが求め ていた長時間労働の防止につながる新たな数値目標は盛り込まれなかった。こうしたこと から、この「対策大綱」の実効性に疑問の声があがっている。

 それを裏付けるものとして、厚生労働省は、労働基準法の労働時間規制を、さらに緩め ようとしていることです。労働現場では労働賃金にカウントされないサービス残業が横行 し、加えて、
「裁量労働・成果主義賃金」等の導入によって、無制限に働かせる仕組みを作
ろうとしていることです。自己矛盾した政策を厚生労働省は行おうとしている。
メンタルヘルスや過労死による労災認定基準は、時間外労働が直前の1ヶ月間で80時 間を超えていたかが大きなウエイトを占めている。この時間外労働に規制を加えなければ メンタルヘルス、過労死の防止には繋がらないのは当然です。最低でも、現在の労働基準法で定められている「法定労働時間」「大臣通達による時間外労働の限度基準」の徹底を計らなければならない。これらに加えて、職場から労働組合を通じて安全衛生委員会」や産業医を積極的に活用することです。

 「安全衛生委員会」での労使のやり取りは、双方が記録として留めておかなければなら ない義務があり、監督署に問題を提起した場合その記録が裏付けとなります。とりわけ産 業医には、
「勧告権」を活用し労働者の命と健康を守り、事業者はこの勧告を尊重する義務
があります。


 最後に「全国過労死を考える家族の会」は、以下のことを要請しています。
@  8時間労働制度をなし崩しにする「ホワイトカラーエグゼンプション」導入に強く反対します
A 労働基準法、労働安全衛生法を企業に厳格に守らせて下さい。
B 過労死・過労自殺を出す企業は、社名を公表するとともに、厳罰を科して下さい。
C  労働者の命と健康をまもるために、労働災害の被災者が泣き寝入りする事なく、過労
の認定基準をきちんと見直すことを要求します。
以上の4点を厚生労働省に要求しています。